読書狂時代

ブックレビュアー・はるうがお送りする書評、読書コラム、本に関するアレコレ。

取っ払え合理主義【生霊の如き重なるもの】(三津田信三)

 

 雪の中をひとりでに歩く下駄、竹藪に消えた子供たち、屍蝋となった教祖が裏切者を襲い、ドッペルゲンガーが現れると死ぬ当主、幼いころ空き地に消えた友達。

学生時代の刀城言耶が解き明かす5つの事件。

 

 

ホラーミステリというジャンルでくくられるこちら、「如きむもの」シリーズ(と、私が勝手に呼んでいる)は長編がメインとなっている。

が、こちらは短編集なので、気軽に読むことができる。

 

1つずつ見ていこう。

 

「死霊の如き歩くもの」

言耶が恩師の紹介で訪ねた教授の家で起きた奇妙な殺人事件。

一人でに歩く下駄という不可解なものを目撃した言耶は、担当刑事に疑われてしまうが……!?

 

世界の民族を研究している人間の集まりなので、物語の最初に語られるスグショウ族という民族の怪異譚が不気味。

事件にそのスグショウ族のものが関わっており、事件は異様な展開を見せるのだが、なんというか、この事件の担当刑事の曲矢という人の癖が強くてそこがかなり面白かった。

当たり前なのだけれど、素人の言耶が「下駄が勝手に雪の中を歩いてた!」と言い、探偵まがいのことをするもんで怒る、怒る。

あまりにも言耶を疑い、叱るもんだからだんだんかわいそうになってくるぐらい。

結局、言耶の目撃した不可解な下駄のことをきっかけに一緒に事件を解決するのだが、この刑事さん、私、好きである。

事件は痴情のもつれと思われるが、4人の男性研究者が一つ屋根の下、一人の女性を巡って腹の探り合いだもので、そりゃ、爆発するよな。

 

「天魔の如き跳ぶもの」

天魔を祀る竹藪の中で消えていく子供たち。

どうやらその屋敷にいる癇癪持ちの老人が関わっているというが……?

 

言耶の先輩・阿武隈川烏が登場。とんでもない人でかなりびっくりした。

事件はこの阿武隈川烏が「奇妙な屋敷神を祀っている家がある」ということを話したことで始まるのだが、この事件、結構ゾッとする終わり方である。

ホラーミステリなので当たり前なのだが、昔、ここまで読んであまりにも怖くてやめたちゃったという経緯があるほどある。

天罰が下ると言えば体はいいが、合理的な説明なしに終わる余韻がなんとも奇妙で、不気味。

「天魔」というのも実態がまったく分からず、自分でどう解釈してよいのか分からない……。

 

「屍蠟の如き滴るもの」

教祖だった父親が即身仏として埋まる小島がある屋敷に住む、怪奇小説を趣味で書く大学の教授。

自身の怪奇小説を読んでもらうためにその教授のもとを訪れた言耶は、またも不可解な殺人事件に遭遇する。

 

「屍蝋」とは死体がなんらかの理由で腐らずに、蝋化したものを指す。

私はミイラの類が大好きなので、この事件は鼻息荒く読んだ(屍蝋はミイラの一種)。

教祖だった父親を裏切った教団の幹部のもとに、屍蝋となった教祖が現れて、その幹部が次々と亡くなっていき。

これは呪いか?

しかし、この屍蝋とはあまり関係のないところで殺人事件が起きてしまう。

ミイラ自体は好きなんだけど、ちょっと後味が悪いのだ、この事件。

事件の幕切れもそうだし、その後の怪異の様相もなんとも言えない雰囲気が漂う。

ホラーイヤミスが好きな方へ。

 

「生霊の如き重なるもの」

恩師からの紹介で言耶のもとへと相談に来た先輩の父親の実家は、その当主の生霊が見えると死ぬという言い伝えがあった。

病弱の長男が亡くなり、出征した次男が帰ってきた。

それも2人。

 

いわゆるドッペルゲンガー的なものの事件である。

偽物の次男がどっちか、というのを言耶に推理してほしいと先輩に頼まれて先輩の父親の実家を訪れるのだが、本物か偽物か、どっちかが自殺してしまう。

うーん、これも何というか、後味悪め。

言耶が解いた事件の真相が果たして、それは本当に先輩に話してよかったのか?と思わせられる(まあ、状況証拠だけだもんでね)。

ラスト、背筋も凍る展開が待っているので、覚悟してお読みください。

 

「顔無しの如き攫うもの」

たまたま(半ば強引に)参加することになった怪談会で、メンバーの一人が幼いころに体験した友人の消失事件。

言耶はその事件について推理するように言われるが……?

 

戦後の特殊な住宅事情が関わっているので、載っている図をよおく見てもちょっと想像がつきにくい。

そして、戦後の特殊の文化(物売りなどが家を訪ねるなど)が関わっているのは、珍しくて興味津々だった。

が、事件自体は恐ろしく、言耶がたどり着いた真相もかなり恐ろしい。

ただし、これは戦後の文化内でしか成立しないであろう事件なので、現代では通用しないと思う。

だからこそ、面白く読めるのではないだろうか。

 

 

根本に残る怪異はすべて解決しない。

ある意味、不完全燃焼。

合理的にすべてを解決しない。

「え、つまりそれって……?」という読者の疑問に、(そう、あなたが思っている通りですよ)という、作者の声が聞こえてくるようで、読んでいるこっちもニヤニヤとしながら作者の術中に気持ちよくハマるといいと思う。

ちゃんとホラー色強めなので、苦手な方はご注意を。

 

 

(余談のですが、私、これを真夜中に読んでいたんです。

歳を取ると怖いものが変わるって言いますけど、まったく怖くなく、楽しく読んでしまった自分の強く、図太くなった神経に、ちょっと驚きました)。

 

はるう